山崎行太郎公式ブログ『 毒蛇山荘日記(続)』

哲学者=文芸評論家=山崎行太郎(yamazakikoutarou)の公式ブログです。山崎行太郎 ●哲学者、文藝評論家。●慶應義塾大学哲学科卒、同大学院修了。●東工大、埼玉大学教員を経て現職。●「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認めらlれ、文壇や論壇へ進出。●著書『 小林秀雄とベルグソン』『 小説三島由紀夫事件』『 保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』・・・●(緊急連絡) yamazakikoutarou4669@gmail.com

私が『呉座勇一問題 』に拘る個人的理由と思想的根拠(2)。 私は、呉座勇一をめぐる「呉座勇一●八幡和郎論争」や「呉座勇一●井沢元彦論争」をネット上で傍観しながら、「歴史問題」だけではなく、現在の日本が直面している多くの問題の根っこが、ここにあるのではないか、と考えた。それは、私が、日ごろから考えている日本人の「思考力の衰弱」「思考力の欠如」という問題であった。現在の日本では、「考えている人間」、あるいは「考えようとしている人間」を 、「考ええない人間」、あるいは「考える力のない人間」が、学歴や職歴、肩書

私が『呉座勇一問題 』に拘る個人的理由と思想的根拠(2)。

私は、呉座勇一をめぐる「呉座勇一●八幡和郎論争」や「呉座勇一●井沢元彦論争」をネット上で傍観しながら、「歴史問題」だけではなく、現在の日本が直面している多くの問題の根っこが、ここにあるのではないか、と考えた。それは、私が、日ごろから考えている日本人の「思考力の衰弱」「思考力の欠如」という問題であった。現在の日本では、「考えている人間」、あるいは「考えようとしている人間」を 、「考ええない人間」、あるいは「考える力のない人間」が、学歴や職歴、肩書きなどを武器にして、批判、攻撃し、バッシングしているという問題であった。受験馬鹿や受験秀才は、普通、「考える力」のある人間と思われている。しかし、それは、おおきな間違いである。彼らは、「考える力」「考える能力」「考える意欲」を放棄し、喪失した、「雑学=クイズ=マニア」的な丸暗記型のロボット人間である場合が少なくない。もちろん、例外はあるが・・・。呉座勇一がその具体的見本である。私が、呉座勇一の言動や論争時の言葉使いを傍観していて感じたことは、この人は、「考える力」のない人間だなー、ということだった。考える力のある人間は、自分の学歴や職歴、肩書きに、安易に依存する言論をしない。むしろ、そういう言論を恥じるものだ。私は、呉座勇一が、「在野の歴史研究者」という表現で、「在野の人間」を見下し、嘲笑し、愚弄している言論を見た時、すぐにそれを感じた。私自身 、東大卒でも国立大卒でもないので、ましてや国立大を盲目的に崇め奉る習癖のある地方の公立高出身なので、そういうことに敏感なのだ。さて、「呉座勇一問題」に戻る。呉座勇一は、井沢元彦と八幡和郎を相手に、以下のような文章(論争文)を書いている。タイトルからして、巫山戯ている。
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在野の歴史研究家に望むこと
2019年03月21日
呉座 勇一
国際日本文化研究センター助教
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この文章は、論争文であり、当然、激しい口調になっているが、それはともかくとして、この文章の中に、私の「癇に障る」表現があった。たとえば「在野」という言葉である。ここで、呉座勇一は、論争相手である、作家の井沢元彦と官僚出身で地方の私立大学教授でもある八幡和郎を、「在野の歴史研究家」と呼んで、見くだしているのである。逆に、「オレ様・・・」は、大学や国立の研究機関に勤務する、いわゆる「アカデミズム」の歴史学者であると、誇らしげに、言おうとしているのである。こんな文章がある。
ーーーーーー 引用始まり ーーーーーー
そもそも井沢氏(ついでに言うと八幡氏もだが)がおかしな陰謀論を唱えなければ、私がわざわざそれを批判する必要もなかったわけで、在野のトンデモ歴史研究家によって、教育普及活動を行っている歴史学者は足を引っ張られているわけである。妨害している当の本人が歴史学者に「もっと教育普及活動に力を入れろ。百田・井沢の説をきちんと具体的に批判しろ」と言うのは、泥棒が「盗難事件が多いのは警察がだらしないからだ。もっとちゃんと仕事をしろ」と文句をつけるようなものである。(呉座勇一)
ーーーーーー引用終わりーーーーーー

はー(?)。私は、この論争文の一節を読んで、はっきり言って、不快感だけではなく、怒りに近いものを感じた。呉座勇一は、井沢元彦や八幡和郎の「主張」を 、「陰謀論」と呼んでいる。私は、呉座勇一の主張の多くは正しいだろうと、推察する。しかし、井沢元彦や八幡和郎らの主張を、「 在野のトンデモ歴史研究家 ・・・」の「陰謀論」と切り捨てることには、首をかしげざるをえない。しかも、「 在野のトンデモ歴史研究家」を「泥棒」にたとえ、自分たち、「官学アカデミズムの歴史学者」 を警官にたとえている。この一文を読みながら、私は、不謹慎にも、「この男、頭は大丈夫か」と思ったものだ。

ーーーーーー引用始まりーーーーーー
もちろん在野の歴史研究家が新説を唱えるのは自由である。だが「学界の通説を一蹴した」といった誇大宣伝はやめてほしい。現に、古今東西の歴史に通暁しているはずの八幡氏でさえ井沢氏の主張を鵜呑みにして「井沢元彦が安土宗論に関する学界の通説を一蹴した」と思い込んでいたではないか。まして一般の読者なら井沢氏の自信満々な口ぶりに騙され、「井沢氏の言っていることこそが歴史の真実であり、歴史学者は馬鹿ばかり」と誤解しても不思議はない。(呉座勇一)
ーーーーーー引用終わりーーーーーー

この口ぶりには、唖然とせざるをえなかった。「学界」とか「歴史学者」というものに、誇りとプライドを持つことはいいだろう。さらに、「在野の歴史研究家」(歴史学者ではない!)と「歴史学者」とを、やや身分差別的に、明確に分けることも、しかたない。だが、考えてみるがいい。そもそも、「歴史学者」の歴史研究には誤りはなく、「在野の歴史研究家」の歴史研究は「陰謀論」ばかりというのは、言い過ぎというより、まさに「暴論」「愚論」でしかないのではないか。幸田露伴森鴎外等の「歴史小説」や「歴史研究」には意味も価値もないのか。「江戸学の父」と言われる三田村鳶魚(えんぎょ)は、「官学アカデミズム」と無縁であったが、三田村鳶魚も、「在野のトンデモ歴史研究家」にしか過ぎないのか。あるいは 、小林秀雄の『 本居宣長』は、歴史研究に値しないのか。江藤淳の『 近代以前』という江戸思想史研究はどうか。あるいは 、秋田師範学校を出て、小学校教員や10数年のジャーナリスト生活を経て、京都帝国大学国史学科教授となり、東京帝国大学の白鳥倉吉教授とともに、戦前の歴史学界を二分した内藤湖南は、どうか。呉座勇一の説に従えば、内藤湖南の前半は、明らかに「在野のトンデモ歴史研究家」だったということになるのではないか。もし、若き日の内藤湖南が「在野のトンデモ歴史研究家」でしかなかったとすれば、何故 、京都帝国大学は、内藤湖南を教授に招聘したのか。内藤湖南の歴史研究を、評価したからではないのか。呉座勇一の井沢元彦や八幡和郎への批判には 、正しい批判もあるが、根本的間違いもある。 呉座勇一は、そもそも「歴史とは何か」という歴史研究の根本問題がわかっていない。