山崎行太郎公式ブログ『 毒蛇山荘日記』

●哲学者=山崎行太郎の公式ブログです。 ●山崎行太郎 (やまざき、こうたろう) ●作家、哲学者、文藝評論家。 ●慶應義塾大学哲学科卒、同大学院修了。 ●東工大、埼玉大学、日大芸術学部教員を経て現職。 ●「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認めらlれ、文壇や論壇へ進出。 ●著書『 小林秀雄とベルグソン』『マルクスとエンゲルス』『 小説三島由紀夫事件』『 保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』 ● yama31517@yahoo.co.jp

■反米愛国主義の哲学的基礎・・・江藤淳の『 アメリカと私』を読む(2)。 江藤淳は、『アメリカと私』の冒頭に、重大な問題を提起している。たとえば、こう書いている。 《あるとき、米国人の友人がいった。「外国暮らしの『安全圏』も一年までだね。一年だとすぐもとの生活に戻れが、 二年いると自分のなかのなにかが確実にかわってしまう。ぼくは近ごろ周囲の連中と調子が合わなくなって困っている」》(『アメリカと私』)

■反米愛国主義の哲学的基礎・・・江藤淳の『 アメリカと私』を読む(2)。

江藤淳は、『アメリカと私』の冒頭に、重大な問題を提起している。たとえば、こう書いている。
《あるとき、米国人の友人がいった。「外国暮らしの『安全圏』も一年までだね。一年だとすぐもとの生活に戻れが、
二年いると自分のなかのなにかが確実にかわってしまう。ぼくは近ごろ周囲の連中と調子が合わなくなって困っている」》(『アメリカと私』)
江藤淳が、この「米国人の友人」の言葉から、『アメリカと私』という物語を書き始めているということは、江藤淳にとって、このなにげない言葉に深い意味があるということだろう。つまり、こういうことではないのか。あまり長くアメリカにいると、帰れなくなるということではないか。あるいは、あまり長くアメリカにいると、《日本人》が《日本人》でなくなるということではないか。いずれにしろ、江藤淳は、ちょうど1年と10ヶ月の留学生活を経て帰国した。一年目は留学生として過ごし、二年目は、日本文学史を講義するプリンストン大学の大学教員として過ごす。そのままアメリカ生活を続ければ、江藤淳なら、アメリカの名門大学の教授として、生きていくことも、不可能ではなかっただろう。しかし、江藤淳は、帰国する。日本に帰れば、《大学教員》のような定職が保証されているわけではない。《浮き草稼業》のような文筆稼業が待っているだけだった。それでも、江藤淳は帰国を選択する。《反米愛国主義者》としての江藤淳が、そこにいる。江藤淳の《反米愛国主義》は《思想(イデオロギー)》ではない。《生き方》であり、《生活》である。つまり《存在論》である。要するに、江藤淳の『 アメリカと私』は、アメリカ留学の物語であると同時に、母国への帰国の物語である。森鴎外に『 妄想』という短編小説がある。森鴎外が、ドイツ留学から帰国した時のことを回想して書いているのだが、そこに、《 洋行帰りの保守主義者 》という言葉が出てくる。森鴎外自身が、留学から帰国後の自分を、そう見立てていたということだろう。《洋行帰りハイカラ紳士》ではなく、洋行帰りの保守主義者・・・と。同じことが、江藤淳にも言える。江藤淳もまた、《洋行帰りの保守主義者》だった。厳密に言うと、《アメリカ帰りの反米主義者》だった。つまり、近頃、はやりの《ネットウヨ 》的な保守主義者とは、似ても似つかぬ保守主義者だった。また反米保守主義的な保守主義者とも、違っていた。江藤淳の《反米愛国主義 》は、あくまでも《江藤淳の反米愛国主義 》であり、《江藤淳の反米保守主義 》であった。

(続く)