山崎行太郎公式ブログ『 毒蛇山荘日記』

哲学者=文芸評論家=山崎行太郎(yamazakikoutarou)の公式ブログです。山崎行太郎 ●哲学者、文藝評論家。●慶應義塾大学哲学科卒、同大学院修了。●東工大、埼玉大学教員を経て現職。●「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認めらlれ、文壇や論壇へ進出。●著書『 小林秀雄とベルグソン』『 小説三島由紀夫事件』『 保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』・・・●(緊急連絡) 070-9033-1268。 yama31517@yahoo.co.jp

■私は、《日本共産党》を高く評価する 。 私は、共産党員でも共産主義者でも、共産党のシンパでもないが、日本共産党や共産党員や共産党の政治家たちを、高く評価する。今、政治の世界では、右翼・保守陣営にしろ、左翼リベラル陣営にしろ、共通しているのは、《共産党》への批判や悪口や誹謗中傷を、際限もなく繰り返しているところだ。その批判や誹謗中傷は、自分自身の無知無学をさらけ出した無知蒙昧なシロモノにすぎないが、そういう浅薄な言論が横行していることは、政治の世界は言うまで、学問の世界でも、ジャーナリズムの世界でも、事

■私は、《日本共産党》を高く評価する 。

私は、共産党員でも共産主義者でも、共産党のシンパでもないが、日本共産党共産党員や共産党の政治家たちを、高く評価する。今、政治の世界では、右翼・保守陣営にしろ、左翼リベラル陣営にしろ、共通しているのは、《共産党》への批判や悪口や誹謗中傷を、際限もなく繰り返しているところだ。その批判や誹謗中傷は、自分自身の無知無学をさらけ出した無知蒙昧なシロモノにすぎないが、そういう浅薄な言論が横行していることは、政治の世界は言うまで、学問の世界でも、ジャーナリズムの世界でも、事実である。私は、これは、現代日本の思想的貧困と政治的堕落を象徴していると思う。日本共産党の設立以前から、そして設立以後も、その歴史を紐解くまでもなく、その輝かしい歴史と伝統と思想的功績は、他のいかなる《政党》の追随をも許さないほど確固としている。爪の垢でも煎じて飲んでもらいたほどである。丸山眞男は『日本の思想 』で、近代日本思想の多くは、特に保守思想や右翼思想なども、マルクス主義共産主義の影響下に、つまりその反動として生まれたという小林秀雄の分析を、《その通りだ 》と絶賛している。私は、『三田文学』に連載したが、まだ本にしていない『 佐藤春夫論』という長編評論で、佐藤春夫の故郷・新宮という町の反政府的風土でおこった《 大逆事件 》の主役の一人、大石誠之助を取り上げたが、そこにも社会主義的、共産主義的な思想の萌芽、台頭があった。幸徳秋水もこの大逆事件で死刑になっている。さて、日本共産党の結成は、ロシア革命の成功を受けて、コミュンテルン日本支部という形で、始まった。その初期共産党の結成に参加した人達の中に、堺利彦、山川均等がいた。近代日本思想史に名を残す有能な思想家たちである。古くは中江兆民幸徳秋水から、大杉栄荒畑寒村、田中清玄、宮本顕治・・・まで。私は、学生時代、たまたま田中清玄自伝を読んで、深く感動した経験がある。所謂《 暴力共産党 》時代の共産党のリーダーだった田中清玄の『 田中清玄自伝』である。田中清玄の家は、元々は会津藩の名家で、戊辰戦争後、秋田か青森に流された。田中清玄は、そういう一門の出身だった。田中清玄が、逮捕されたことを知った名家出身の誇り高い母親は、潔く《自決 》する。・・・。田中清玄が、いわゆる《転向 》を決意するのは、母親の自決を知った直後であった。田中清玄は、戦後は、右翼の親玉の一人として名を残しているが、その前半生は、《共産党員》だったのである。