※柄谷行人の新作『力と交換様式』について。
私が、今、生きている思想家で、唯一、尊敬・畏怖する存在である柄谷行人が、久しぶりに新作『力と交換様式』を、しかもかなりの大著を刊行した。最近、あまり、マスコミに登場しないので、年齢も年齢なので、どうしていいるのかと心配していたが、この大著の執筆に専念していたらしい。いかにも柄谷行人らしい。《サラリーマンは俺の本を読むな。読んでも無駄だ。理解できるわけがない。》と放言していた柄谷行人の《 自信 》の証拠だろう。柄谷行人は、元々、《 文芸評論家》として出発したが、最近は、《哲学者》を名乗るようになっている。哲学者を名乗るようになってから 、柄谷行人の読者やフアン層も、だいぶ変わって来たように見受けられるが、つまり俗物的な思想関係が増えているようだが、私は、あくまでも、柄谷行人は文芸評論家だと思っている。文芸評論家が、哲学や思想、歴史関係のジャンルにも進出している、と考えている。言い換えると、哲学や思想関係は、思考が緻密ではなく、粗雑で大雑把、いわゆるアバウト思考だということである。つまり、《 文芸評論家・柄谷行人》が、政治や経済や歴史などの《大問題》を論じるからこそ貴重なので、俗物たちが大好きな《大問題》そのものが貴重なのではない。柄谷行人が論じるから貴重なのだ。
柄谷行人は 、『力と交換様式』で、《未来》の社会を論じている。《交換様式D》の社会である。柄谷行人は、人類の歴史を、マルクス主義のように、《 生産様式 》の変遷・進化の歴史としてではなく、《交換様式》の変遷・進化の歴史としてとらえる。《交換様式 》という言葉は、柄谷行人の造語ではないが、この《 交換様式 》をキーワードにして、人類の歴史を探究していくのが、『世界史の構造』以来の柄谷行人の試みである。柄谷行人によると、人類の歴史は、《互酬交換》(交換様式A)の時代から、《贈与と略取》(交換様式B)の時代 、《 商品交換 》(交換様式C)の時代へと変遷・進化してきた、と論じる。今、現在は、商品交換の時代、つまり《交換様式C》の時代である。商品交換の時代とは、《 資本主義 》の時代ということである。資本主義以後に到来するかもしれない《未来社会》、つまり柄谷行人的に言えば 、《 交換様式D》の社会とは、どういう社会なのだろうか。それを追究したのが、『 力と交換様式』というわけである。